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ムラナカ日記

内面への沈潜。

インドカレー屋にて

今夜はクリスマス・イヴだったが、夜を共に過ごしてくれる恋人などもいないので、一人で近くの植物園のクリスマスイルミネーションを見に行った。

植物園は普段の昼間からは想像もつかないほどの人でごった返していた。普段は道ばたに咲いた可憐な花々にもろくに気を留めていないくせに、クリスマスのときだけ植物園にやって来て「わぁ、綺麗」だなんて、なんて罰当たりな連中なんだと僻み全開で思いながらも、これはこれで良いものだなと満足して私は植物園を後にした。

家に夕飯のおかずは残っていたが、寒かったからか無性にナンのカレーを食べたくなり、植物園のそばのインドカレー屋に入ることにした。

店の中は思ったよりも混んでいた。「何名サマデスカ?」とインド人の店員に聞かれ、恐る恐る一人と答える。「クリスマスなのに一人かよ」という視線を店内の客数名から感じながらも、私は一つ空いていたカウンター席に案内され席についた。

私はカウンターの端の席で、隣には外国人が一人、そのまたさらに奥には大学生くらいのカップルが座っていた。隣の外国人が店員と話す。全く理解できないので、英語ではなさそうだった。

心身ともにすっかりと冷え切っていた私は、思いきって隣の外国人に話しかけてみることにした。こういう時、どう話しかければよいか。簡単である、こう切り出せばよい。

“Do you speak Japanese?”

日本語はちょっとだけだと言うので、私は英語で話すことにした。さっきの店員とのやり取りは何語かと問うと、ヒンディー語だということだった。どうりで全く理解できないわけである。「クリスマスなのに恋人はいないのか?」と聞かれたので、告白したがフラれたのだと話した。

そこからの会話が面白かった。どうやら彼は私の大学の工学部の教授だということが判明した。凝縮系物理の理論が専門だというので超伝導とか超流動の研究かなと思いきや、彼の研究室のWebページを見せてもらうとグラフェンの絵が描かれていた。私も卒研時代はナノカーボンを扱っていたので、「斎藤理一郎先生は知っているか?」と尋ねたら、当然会ったことがあると返ってきた。また、以前勤めていたカリフォルニア大学サンタバーバラ校では、ノーベル賞受賞者中村修二氏と同僚だったそうである。世間は本当に狭い。というより、私の世界が大学院に入ってから世界が急速に広まったという方が正確かもしれないが。

私はこういうちょっとしたところでの出会いを常に大切にしている。実を言うと過去にも似たような経験は何度かあった。今年の夏に登った苗場山でも、東大の超有名な先生の“いとこ”と話すという不思議な出会いがあった。

研究を遂行するうえで重要な能力はなにか。まだM1でペーペーの私に語る資格はないが、こういったところですごい人と出会うことのできる才能もまた、頭がキレることと同等以上に大切な重要な能力であると私は信じている。

なんとなく入ったインドカレー屋で思いもよらぬアカデミックな会話ができたことに満足した私は、幸せな気持ちで店を出た。

それにしても、我ながら私は頑張っているのではないかと思う。これはそのうち詳細に語ろうと思う話だが、私は決して中学時代にずば抜けていたわけではないし、高校時代はむしろ完全に落ちこぼれであった。それがいまではちょっとしたことで日本代表に選ばれたり*1インドカレー屋でインド人の大学教授と英語でアカデミックな会話に花を咲かせるなど、中高時代の自分からは想像もつかない自分になっているのだ。大学院に入学してからは料理・家事全般にも精を出して生活スタイルも確立してきた。自分で言うのも変な話であるが、少なくとも以前の自分と比べたら格段にかっこよく*2なってきているのは確実である。それなのにいつまでたっても女性からは恋愛対象にならないのはなぜか?趣味がジジ臭いから?服装がダサいから?永遠の未解決問題を抱えたまま、私は家路についた。

明日は一人で桟敷ヶ岳登山の予定である。いつの日にか(なるべく近いうちに)、一緒に登ってくれる素敵な女性が現れてくれればよいのだが。

*1:これについてはそのうち書きたいと思っている。

*2:容姿ではなく人間的にという意味である。

我、ウイスキーニ酔フ

結局彼女は自分には向いていなかったのだと、フラれてよかったのだと、この数日間、私は自分に言い聞かせてきた。それなのに、もう諦めたのだと思っていたのに、昨日数日ぶりに彼女に会ったとき、再び心が揺れ動いてしまった。

昨日は研究室内の数名が集まって、チョコレートフォンデュパーティーが開かれた。彼女は途中から参加してきた。資格試験があったそうである。無事に試験に合格した彼女は、いつもよりも嬉しそうだった。

はじめ私は彼女から離れたところに座っていたが、私がトイレに立ったときに場所がずれて、彼女の隣に座ることになった。

すでにワインでほろ酔いになっていた私に、彼女はウイスキーを注いでくれた。うれしかった。私は彼女の横顔を見た。彼女の嬉しそうな顔、黒目がちの瞳に、私は見入ってしまった。

彼女が立ち上がって机の向かい側に回ったとき、私はもう一度彼女の眼を見た。その瞬間、彼女と目が合った。私は思わず彼女から目をそらした。

帰り道、一人になった私はひとつの詩を口にした。届かぬ想いに、胸が締め付けられるような気がした。いつもより暖かい夜だった。

 

『うすあをい岩かげ』    北杜夫

 おのおともたえ

 ひかりもまだらに

 かぜもよどみきる

 みしらぬうすあをい岩かげに

 ひつそりといだきあひ

 ひとみにひとみを映しては

 とほい神話のなごりに酔ひ

 こころの寂しさに燃えたつては

 いたいけな息のほめきに

 ふと あらあらしく

 つつましいくちびるをうばひたい

小雪ふる比叡山

今日は5日ぶりに自炊をした。今日まで自炊がままならなかったのは、忙しかったからというのもあるが、正直に言えば、一人で食べるのが心細くて家で食べる気にはならなかったからである。

5日ぶりの食事。ホッケに里芋の煮物。あとは無性にお雑煮を食べたくなったので、味噌汁の代わりにお雑煮も作った。

やっぱり自分のご飯のほうがうまい。あとは、一緒に食べてくれる人さえいれば…。

話は変わるが、この一週間で京都は一気に寒くなった。朝はエアコンなしではつらいし、水道の水も思わず声を上げてしまうほどにつめたい。この冷たさでは、お皿についた肉の油汚れは落ちない。

木曜日の朝、洗濯物を干そうとベランダに出ると、さらさらとした雨が降っていた。「なんだ、お天気雨か」とあたりを見渡すと、遠くのほうにいつもとは違う趣の比叡山が目に映った。雪をまとっていたのである。

雪の積もった比叡山は初めて見た。大文字山から比叡山にむかって尾根伝いに伸びる山々はいつものように茶色く枯れた色をしていたが、そこから比叡山に至ると、ある高さのところで突然色が変わり、あたかも水墨画に登場するような姿がそびえていた。大学院入学で京都に引っ越してきて以来、何度も彼の姿は見てきたが、これほどまでにじっと黙った姿は初めて見た。

京都という土地は本当に面白いところであると思う。とりわけ面白いと思うのが、街と山の距離が非常に近い点である。これだけの都会でありながら、川の水は東京とはくらべものにならぬほどきれいで澄んでいる。京都市が非常に大きいからというのもあるが、市内にスキー場があるというのも面白い。

京都に引っ越してきてまだ数か月。これからも面白い京都が発見できそうだと思ったら、少し元気が湧いてきた。

ビワの花

財布にお金がほとんど残っていないことに気づき、昼前に研究室を抜けて、近くの郵便局へとお金を下ろしに行った。

最寄りの郵便局は、研究室の建物を出て大学内の畑の間を北へ伸びる道を行き、門を出たすぐ前のバス通りを渡って、住宅街の中をもう少し北へ進んだところにある。郵便局に至ると、向かいの家の庭に生えた大きなビワの木が道路にせり出していることに気づいた。普段は大して気にも留めていなかったビワがなぜ気になったのかと言えば、ビワの花の香りが微かに漂っていたからだと思う。

ビワの花は分かりにくいのでその存在に気づいている人はあまりいないかもしれないが、12月はビワの花の季節である。この時期にビワの枝の先のほうを注意深く観察すると、梅のような見た目の小さな花が密集して咲いていることに気づく。辺りには微かに甘い香りを漂わせている。

ATMでお金を下ろし郵便局を出ると、真っ赤なナンテンの実がビワの横で寒空のもと、静かに揺れていることに気づいた。私はもう一度先ほどのビワの前に立ち、じっくりと花を眺めた。すると幸福感と共に、大きな寂しさが押し寄せてくるのが感じられた。

このとき私は、好きな人に私が望んでいることがはっきりと意識されたことに気づいた。このような時間−−花や草木を眺めながら、季節の移ろいを感じることのできる時間−−を好きな人と共に過ごすができたなら、どんなに幸せだろうか、と。

一度だけ、想いを寄せていた彼女と近くの御所を散歩したことがあった。適当なベンチに腰を下ろし、水筒のお茶を淹れて、柿を食べた。秋の柔らかな日差しが枝の隙間から私たちを照らしていた。帰りがけに公園の出口に差し掛かると、黄色や赤に色づいた葉を午後の傾いた陽の光が照らしていた。しばしの間、私は彼女とともに光り輝く葉を眺めた。言葉では言い表せぬほどに美しく、また、私はとても幸福だった。彼女とともにまた同じような時間を過ごせたなら、どんなに幸せだろうかと私は願った。だが、結局は彼女もまた、これまで私が好きになってきた他の人と同じように、私とこのような時間を過ごすことは望んでいなかったのであろう。

私はときどき、だれ一人として私に想いを寄せてはくれないのではないかと不安になる。勇気を出して想いを伝えても、恋愛対象ではないかなと言われて振られるばかりで、誰一人として私に想いを寄せてはくれぬのだ。

郵便局の前でビワを眺めているとき、その枝の奥で一羽のメジロが花の蜜を吸いに来ていることに気づいた。お前はこのビワの良さがわかるのか、お前ならおれの気持ちがわかるだろうかと心の中で問いかけても、そのメジロは目をパチクリとするばかりですぐに飛び去ってしまった。私は少し肩をおとして、また研究室へと戻っていった。

気持ちを楽にもつには

不思議なもので、彼女のことはもう諦めようと一旦認めてしまうと、急に気持ちが楽になってくる。苦しいのは振られたことではなく、諦めたくないという気持ちと、もう無理なのかもしれないという迷いの中で巻き起こる、葛藤なのであろう。

自分の限界を認めてしまうことは、気持ちを楽にもつ上で非常に重要な能力である。また意外かもしれないが、物事をうまく運ばせるためにも大変重要な要素でもある。これは恋愛に限らず、仕事や勉強においても通ずるものであると思う。

勉強や仕事でうまくいかないとき、努力家の人ほど努力が足りないからだと自分を責めてしまう。それでもうまくいかないと、自分の能力に幻滅し、ひどい時には心を病んでしまうのではないだろうか。そんな連続で心に負担をかけるばかりでは、うまく行かせるためのアイデアさえも浮かばなくなってしまう。

物ごとがうまくいかないとき、私はつねづね「まぁ、自分はこんな程度だから仕方ない。むしろここまで頑張ったんだからすごいじゃないか。」と、自分のことを褒めるようにしている。すると不思議と景色が開けてきて、意外な進展があったりする。もっともこれは、絶対にうまくいくという確証があるわけではないが。自分の能力の限界を認めてしまったときに意外な進展があるのは、肩の荷が下りて遠くまで見渡せるようになるからなのであろう。

自分の能力の限界を認めることは諦めに似ているかもしれないが、私の場合はそれとは明確に異なっている。むしろ戦略的撤退、作戦の変更のためのターニングポイントである。

これは私が学部時代にみつけた処世術であるが、先日ある本を読んでいたときにほとんど同じ話が書かれていて、やはり自分は間違っていなかったのだと嬉しくなった。せっかくなので、ここで紹介することにしよう。

 

幸・不幸の分かれ道 考え違いとユーモア

幸・不幸の分かれ道 考え違いとユーモア

 

 

ひとり研究室残り、物思いに沈む

昨日の投稿から1日が経ち、落ち着いて自己について省察してみると、もうすでにかなり疲れている自分がいることに気がついた。昨日彼女に電話をして話したくなったのは、無意識のうちに、諦めるための決定的なものを求めていたからなのかもしれない。

あれこれと話した言葉を思い出し、彼女の姿を想い浮べても、その言葉や表情の中に私の存在はひとかけらも無いのだと思うと、そのことがなんだか急に虚しく感じられ、もう何をしても仕方ないのだろうという思いが全体を支配してゆくのが感じられた。

挫折を知らぬ彼女と、なかなかうまくいかないなかで、少しずつ軌道修正をすることによってようやく人生を軌道に載せてきた私とでは、そもそもが不釣り合いだったのだろうか。

今日はそろそろ帰って、早めに床に就くことにしよう。

私はなぜブログを始めるのか

人はなぜ、ブログを書くのだろうか。人それぞれに、様々な理由があろう。

 高校時代の友人の場合は、「盆栽という趣味をもっと世の中に広めたい」という理由で盆栽ブログを始めていた。現在彼のブログは読者が順調に増加中とのことであり、ひと月前に彼と話したときには、Googleの検索画面で2ページ目には登場するようになったとのことであった。試しにいま「盆栽ブログ」で検索してみると、なんとトップのページでヒットするようになっているではないか。継続は力なり。彼の姿勢は見習う必要がある。

 さて、ではなぜ私がこのタイミングで、ブログを始めようと思ったのか。これにはグランドキャニオンや日本海溝のごとき深い理由がある、というわけではなく、理由は単純である。とある好意を寄せていた女性に、つい最近フラれたのだ。

 これを聞いて人は、「あーなるほど。つまりはブログにその鬱々とした気持ちを綴ってゆこうっていうわけね。」と思われるかもしれないが、そう簡単に決めつけてもらっては困る。続きがあるのだ。

 その女性にフラれたのはもうひと月ちょっと前の話になるのであるが、そのあとも色々と考えることはあって、つい先ほどその人に電話をして、1時間ほど話を聞いてもらう機会があった。その時に一般的な話として、どういう人に対して魅力を感じるのかや、どうやったら自分のことを知ってもらえて、興味を持ってもらえるのかについて振り向いてもらえるのかということについて話した。

古代の祈祷師が末期患者に施すが如く術策を繰り返し、とうとう私は苦心惨憺の末に彼女*1から、どういう人に対して好意を感じるのかについて聞き出すことができた。

彼女は、ざっくりと言えばストイックで一緒にいて落ち着ける人が理想だということであった。むむむ、なんとも理想が高いが、面食いでなないというのが私にとっては唯一の救いであった。これを聞いてとりあえず思ったのは、一緒にいて落ち着いてもらえるかどうかは彼女の問題であるからともかくとして、努力に関してはひと一倍やっている自信があるぞということであった。また彼女は、現状を変えることのできる人。たとえばJRで学割を使って切符を買う時に、わざわざみどりの窓口に並ばなければならないというのが面倒だという話を持ち出し、もし現状に問題を感じるならば、例えばJRに就職してその部署で現状を変えようと努力できる人が良いと言っていた。聞きながら、「やっぱり賢いなぁ。」と思いつつも、「なーんだ、結局それっておれのことじゃないか。」*2という気がしてきたが、いずれにせよ、現在彼女にこの私が一体どんな人間であるのか、ということが全く伝わっていないというのはやはり問題である。

そこで私は、どうやったら彼女に私のことを知ってもらえるだろうかということについて考えた。①デートに誘う。いや、付き合っているわけではないし、そもそも私は彼女にはフラれたばかりである。この作戦は断られるだけである。②日々の会話の中で頑張る。いや、これも厳しいだろう。何しろ彼女はあとひと月ちょっとで修論を終えて、研究室にはほとんど来なくなってしまうのだ。また、人は手紙で気持ちをつづってみてはどうかと言うかもしれないが、実はこれはもう試しているのである。しかしながら、手紙というのは季節の移ろいやそこで感じた気持ちをつづるのには向いていても、自分自身がどんな人間であるのかということについて客観的な観点から論じるには向いていない。さらには、彼女はどうも文章や詩のセンスは無いらしい。電話の中で、「デートに誘うには、行きたいなって思ってもらえるように、自分が見せたい場所の写真を送ったらいいんじゃない?」と彼女にアドバイスされたが、これはすでに私が手紙のなかで実践してきた話である。どんなに一生懸命情緒あふれる文章を綴ったところで、彼女にその美しさが届かなかったところで意味がない。そういった意味で、手紙をつかって彼女を誘うのは不可能であるということを悟ることになった。手紙に写真を添えればいいんじゃないかと思われるかもしれないが、その情景をいかにうまく文章を以って伝えるかが本質的に重要なのである。それが写真では興ざめである*3

さてどうしたものかと、電話を切ったあとに遅めの夕飯*4を食べながら考えていると、ブログはどうかという考えが私の中に浮かんできた。実を言えば、ブログを開設することには、以前から興味があった。私のFacebookはすでにブログと化した長文が一般的であり。すでに内面世界の考察がメインの痛々しい投稿で埋め尽くされている。しかしながら、その内面を不特定多数の知人に向けて実名で発信するというのはやはり独りよがりなかなり恥ずかしいものであり、理解されないのはまだいいとして、ときには盛大に読み違えられて反感を買ったこともあった。そうした経験のなかで、こういった投稿というのは高々300名程度の私の苦悩など理解できぬ知人に向けてよりも、より深く共通した悩みを抱えた一度も会ったことのない人に向けて、ひっそりと書かれていたほうが良いのではないかという気がしてきていた。さらには、かなり考え抜いた末にこれは良いものが書けたなと思ったものに限って「いいね!」が一個か二個しかつかなかったり、どうでもいいただの写真に何十個も「いいね!」が付くことに対しても、かなり暗澹たる気持ちになっていた。そこで、どうでも良い投稿はFacebookに書いて、より本質的な根源的なことをブログに綴ってゆくのがよいのではないか、とも思ったのである*5

以上を踏まえたうえで、今回フラれた女性の話に戻る。これまでFacebookに綴っていた自己の内面や日々の何げないことについて、ブログに綴ってみてはどうだろうかと思ったのである。そのなかで、いまは全くと言ってよいほど私には興味のない彼女にこのブログの存在を知らせておいて、結局はほとんど読まれぬものであろうとも、私自身の内面とその葛藤について少しでも知ってもらうことが出来たら、それだけで私はとてもうれしく思うのだ。そういう意味で、これは彼女への恋文ということになろう。形の上では形式的な淡々とした文章になろうとも、そこには彼女への熱い想いがこもっているということを忘れられては困る。時には、出かけた先で見た美しい景色についても綴ってゆきたい。ぜひこの景色を彼女にも見てもらいたい、「良かったら今度ぜひ一緒に行きたいです。」といった彼女へのメッセージである。もちろん、最低限のマナーとして、彼女のプライバシーは最大限に気を配るつもりである。私自身はバレたところでこれまでFacebookに綴ってきたことに毛が生えた程度のことなのでどうにもならぬが、彼女がそれをもって不快感を感じることだけは絶対に避けなければならない。そういう意味で、彼女のことがこのブログ上に綴られることはほとんどないだろう。書くのは私の内面的な世界の話。私がどのような価値観をもち、どのように考え、行動するのか。彼女以外にも、私という変わった人間に興味をもつ同じく変わった人に知ってもらい、そのなかで私がこれまで経験してきたような悩みで現在同じように苦しんでいる人が、少しでも救われてくれればうれしく思う。

最後に、私という人間を象徴するうえで、大変重要な言葉を二つだけ紹介することにしよう。一つ目はゲーテの言葉、二つ目はトーマス・マンのトニオ・クレエゲルに登場する一節である。どちらの言葉も呪いのごとく私に付きまとい、ことあるごとに口ずさんでしまう大切な言葉である。

憧れを知るもののみ、わが悩みを知らめ。(Nur wer die Sehnsucht kennt Weiß, was ich leide!)

最も多く愛する者は、常に敗者であり、常に悩まねばならぬ。(Wer am meisten liebt, ist der Unterlegene und muß leiden.)

*1:恋人でもない人に彼女と書くと勘違いされるかと思い、上では“その女性”と書いてきたが、いい加減面倒くさくなってきたので、以下では簡単に“彼女”と書くことにする。それにしてもこの「見たまま編集」という機能は重すぎるぞ。これから広辞苑もびっくりの量の恋文を書こうというのに、たったのこれだけの文量でこの重さでは先が思いやられる。これを機に、HTMLも勉強しなければならないかもしれない。これは今後の投稿で触れようと思っている話なのであるが、少し先取りすると、人のことを好きになるということは、自身を向上させ、また、これまでの自分をも破壊させるだけの力があるものである。この話ついては追々詳細に触れようと思っているので、楽しみにしていただきたい。

*2:もちろん本人にそんなことは言っていない。

*3:手紙に絵を描けばいいじゃないかと思われるかもしれないが、私とてやはり日々の仕事があり、そうのんびりと絵の勉強まで手を広げている暇はない。大体、彼女は3月には卒業してしまうのだから、私にはのんびりと絵の勉強をしている余裕はないのだ!!

*4:今夜のおかずは焼鮭と里芋の煮物である。彼女に私の作ったご飯を食べてもらえたなら、どんなに幸せなことであろうか。私はいつもそんなことを考えながら、一人で夕飯を食べている。

*5:実を言うと、彼女とはまだFacebook上では友達にはなっていない。私はFacebookを始めたときから、私から友達申請は出さずに、私に興味を持って申請してくれた人は許可するという方針をとっている。この調子で行くと、彼女とは未来永劫Facebook上で友達にはなれなさそうであるが、それは仕方のない話である。