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ムラナカ日記

内面への沈潜。

ビワの花

財布にお金がほとんど残っていないことに気づき、昼前に研究室を抜けて、近くの郵便局へとお金を下ろしに行った。

最寄りの郵便局は、研究室の建物を出て大学内の畑の間を北へ伸びる道を行き、門を出たすぐ前のバス通りを渡って、住宅街の中をもう少し北へ進んだところにある。郵便局に至ると、向かいの家の庭に生えた大きなビワの木が道路にせり出していることに気づいた。普段は大して気にも留めていなかったビワがなぜ気になったのかと言えば、ビワの花の香りが微かに漂っていたからだと思う。

ビワの花は分かりにくいのでその存在に気づいている人はあまりいないかもしれないが、12月はビワの花の季節である。この時期にビワの枝の先のほうを注意深く観察すると、梅のような見た目の小さな花が密集して咲いていることに気づく。辺りには微かに甘い香りを漂わせている。

ATMでお金を下ろし郵便局を出ると、真っ赤なナンテンの実がビワの横で寒空のもと、静かに揺れていることに気づいた。私はもう一度先ほどのビワの前に立ち、じっくりと花を眺めた。すると幸福感と共に、大きな寂しさが押し寄せてくるのが感じられた。

このとき私は、好きな人に私が望んでいることがはっきりと意識されたことに気づいた。このような時間−−花や草木を眺めながら、季節の移ろいを感じることのできる時間−−を好きな人と共に過ごすができたなら、どんなに幸せだろうか、と。

一度だけ、想いを寄せていた彼女と近くの御所を散歩したことがあった。適当なベンチに腰を下ろし、水筒のお茶を淹れて、柿を食べた。秋の柔らかな日差しが枝の隙間から私たちを照らしていた。帰りがけに公園の出口に差し掛かると、黄色や赤に色づいた葉を午後の傾いた陽の光が照らしていた。しばしの間、私は彼女とともに光り輝く葉を眺めた。言葉では言い表せぬほどに美しく、また、私はとても幸福だった。彼女とともにまた同じような時間を過ごせたなら、どんなに幸せだろうかと私は願った。だが、結局は彼女もまた、これまで私が好きになってきた他の人と同じように、私とこのような時間を過ごすことは望んでいなかったのであろう。

私はときどき、だれ一人として私に想いを寄せてはくれないのではないかと不安になる。勇気を出して想いを伝えても、恋愛対象ではないかなと言われて振られるばかりで、誰一人として私に想いを寄せてはくれぬのだ。

郵便局の前でビワを眺めているとき、その枝の奥で一羽のメジロが花の蜜を吸いに来ていることに気づいた。お前はこのビワの良さがわかるのか、お前ならおれの気持ちがわかるだろうかと心の中で問いかけても、そのメジロは目をパチクリとするばかりですぐに飛び去ってしまった。私は少し肩をおとして、また研究室へと戻っていった。